自己紹介、兼業のメリットについて、など。

~過去の記事とほぼ同じ内容だが、自己紹介の記事として改めてアップしておこうと思った次第。ご興味がお有りの方がおられましたら続きをご高覧ください。


~ヒロセ通商さん主催「小林芳彦先生のお悩み相談番組」の中で、私は20代の頃からパチンコで生計を立てていたとカミングアウトしたのだが、その後すぐに事業を起こした訳ではなくて、実は教員をやっていた時代が約3年ほどある。このことを知っておられるのはおそらくもうスタールビーさんと、もし大学時代の友人の宴会部蝶さんが幣ブログを見て下さっているなら、宴会部蝶さんも合わせてせいぜいそのお二方ぐらいではなかろうか。時が経つのは本当に早いものである。

人間万事塞翁が馬

人間万事塞翁が馬。教員採用試験に受かっていようものなら、おそらくは今の私はない。本当に教員採用試験に受からなくてよかったと心からそう思う。


~私がとある教育大学を卒業した当時はいわゆる就職氷河期の真っただ中で、正教員の新規採用者数が極端に少なく、採用試験は数十倍~数百倍の超難関であった。民間でも私の立場では条件の良い就職口にはありつけなかったため、就職浪人を装いパチンコで生活費を稼ぎながら、TACという会計の専門学校に通うことにした次第。TACに通っていた時代も約2年ぐらいある。なぜTACに通っていたのかというと、当時の私は教員になろうなどとはこれっぽちも思っていなくて、もし将来パチンコで稼げなくなった場合は、税理士の資格を取って少しでも有利な条件で就職をしたいという思いがあったからだ。(当時は独立開業したいという思いはほとんどなかった。)

といっても、簿記のボの字も知らないレベル0からのスタートだっただめ、TACに通う前にNEC予備校だったか「三日間なら頑張れる!日商簿記3級講座」というものを受講したのが会計の勉強の始まり。ところが、日商簿記3級レベルは実務ではほとんど使わないとのことで、3級の内容は理解したつもりですぐさま「六日間なら頑張れる!日商簿記2級講座」を受講し、3級は受験せずに2級を受験した次第。確か精算表と工業簿記が交互に出題されていて、私が受験する月は精算表の月にあたっていたため、複式簿記の原則すらよく分からないまま精算表の解き方のみ丸暗記し、なんとかかんとかギリギリで合格したのだった。日商簿記の勉強は正味試験日直前の3日間ぐらいしか勉強していなかったので、ラッキーパンチだったと思う。それから、すぐにTACの税理士2年本科生に申込をしたという流れ。ラッキーパンチに思えたのだが、何が禍いをもたらすかなんて全くもって分かったもんじゃない!実はこれが奈落の底に落ちるはじめの第一歩だった…。


~税理士試験の方は、1年目は簿記論、財務諸表論、固定資産税を受けて3つとも不合格。2年目は簿財にダブル合格したが、消費税法と酒税法は不合格だった。税理士試験のことをご存じでない方もおられると思うので少しだけ補足しておくと、税理士試験は弁護士試験や司法書士試験のように1回の受験で1発合格となる試験ではなく、必修税法科目、選択必修税法科目、選択税法科目の中から5科目合格して初めて税理士試験合格となる試験で、試験は1年に1回。1年で1科目ずつ受験してもいいし、2科目、3科目をまとめて受験してもいいのだが、めちゃくちゃ早い人でも5科目に合格するには2年かかる。

当時の会計事務所や税理士事務所の募集要件には、日商簿記2級以上とか税理士科目2科目以上という条件が多かったため、2年で2科目取れた時点で就職活動と勉強を並行することにした。しかし、資格があれば会計事務所や税理士事務所に就職できるだろう!という思惑が相当甘かったのだ。2科目合格した時点で年齢はすでに27歳。専門学校の謳い文句を鵜呑みにしたのがいけなかった。資格はあって困るものではないが、必要に迫られて取得するのが望ましいと私的にはそう思っている。27歳で職歴なしというのが致命傷となり、どこの会社を受けても受からず、しまいには時給700円のパートすら断られる始末。

面接官A「いくら給料が欲しいですか?」と面接で聞かれて、

しん「半年間はお給料はいりませんので、勉強をさせてください。」

面接官A「それじゃあ生活ができないでしょ?」→まさか「パチンコで稼ぐから大丈夫」とも言えず…不合格

面接官B「希望の給料の額はおいくらですか?」と別の会社の面接でも聞かれ、

しん「1カ月15万円もあれば十分です。」

面接官B「ね、それがあなたのあなた自身に対する評価なんですよ。今時初任給でも15万円なんて、安すぎでしょ?」→何も反論できず…不合格。

どう答えようが、初めから不合格が決まっているような面接を30社ぐらい受けただろうか。身から出た錆とはいえ、就職氷河期はこのような時代だった。これでは若者が労働意欲をなくすのも無理はないと、当時の私もそう思ったものだ。

明石にある電子部品工場の仕事を斡旋してもらえるとのことで大阪まで1カ月間、無給・交通費無支給で研修に行ったこともあったねぇ…。お陰で半自動溶接やら測量やらができるようになったのだが、いざ研修を終えて紹介されたのが横浜の自動車工場だった時は本当に参った。明石の工場を紹介されてハローワークから来たのに!ってさすがにこの時はブチ切れたのだが、辞めるならこれまでの研修費15万円+消費税だったかを支払えって言われ、労働相談センターという所に相談に行った時もあった。

※(ご参考)労働相談センターの見解では、百歩譲って研修費を支払わなければならないとしても、あなたにも最低賃金をもらえる権利があるだろうから、相殺された金額の請求であるべきだろうし、本当に取り立ててくるなら訴訟などをしてくるだろうから、ほっとけばいいだろう、とのことだった。結局その後音沙汰無しで請求書を送ってきたり、訴訟を提起されたりするようなことはなかった。

そのような訳で就職活動を一旦断念することと相成ったのだが、この時が私の人生のどん底。(この先もそうであって欲しい。)この資格試験の勉強時代の約2年やら無駄だった就職活動に割いた約半年の日々が本当にもったいなかった。もっと死ぬ気になってパチンコで稼げるだけ稼いで種銭を貯めておけばよかった…と、この時代の私の生き方には今でも後悔している。今から思えば、パチンコで食っていくという覚悟も度胸もなく、どっちつかずで考えが甘かったことも痛感している。


~結局、就職できないのならこのまま税理士試験の勉強を続けても意味はないと判断し、その後は税理士試験の勉強もやめてしまい、またぞろパチ屋に通いつめて日銭を稼ぐ日々を送ることとなったのだが、転機となったのは臨時講師の登録。民間で酷い目に遭っていたので、仕事の依頼なんて来るわけがないとタカを括っていたのだが、むしろ白けることに講師登録をした翌日にプール講師の依頼が来たことをきっかけに、まさかの公務員になることと相成った。

このブログは実はその臨時講師時代から書き続けていて今日に至るのだが、教員としての資質のなさを痛感し、教員は自ら辞職する道を選び、臨時講師時代は約3年で終わることとなった。この間、教員採用試験を3回受けたのだが、2年目の夏に2次試験までいっている。その時の2次試験の模擬授業で私には漁業のお題が与えられ、その後の面接で、

「先生は漁業は何年生の授業だと思いますか?」

の質問に対して、

「3年生の授業だと思います。」

「ん?本当に3年生の授業だと思いますか?」

「…はい、3年生の授業だと思います…。」

といった遣り取りが致命傷となり…不合格(笑)。チャンスをくれてるのにねぇ、全く…。

※正解は5年生。もちろん不合格となった理由はこれだけではなく、総合的な判定によるものと推察される。


~以後約1年半ほどは自分探しの旅。旅といっても旅行三昧の日々を送った訳ではなく、パチンコで生活費を稼ぎながら、独立開業への道を模索していた次第。FXを始めたのはこの頃だ。

コンビニ、金券ショップ、喫茶店、1000円カット、ネットカフェなど、色々な道を考えたが、ほぼ自分の中でネットカフェでいこうと決心し、事業譲渡の案件でいいものがあったので十中八九話がまとまりかけていた矢先、大手フランチャイズ(コミックバスターだったか)の買いが入り、交渉が破断。失意に暮れたが、これがこの先幸運を呼ぶことになるのだから、全くもって何か幸いするか本当に分かったんじゃない!

この店舗は大阪の店舗(地下鉄の喜連瓜破駅の近所)だったので、もしここを経営することになっていると、朝から夕方まではアルバイトを雇って入ってもらい、自分が夜勤のシフトに回ることを想定していた。自宅は神戸のワンルーム(宴会部蝶さんから「パチンコ御殿」と揶揄されたワンルームマンション。実は今もまだ所有している。)で、そこから片道1時間半~2時間ぐらいかけて通うことになっていただろうから、よくよく考えたらかなりの苦労をしょい込む経営になっていたと推察される。そして、仮になんとかかんとかやり繰りできていたとしても、さすがにこのコロナ禍での個人経営では途中で廃業せざるを得なかったであろう…。


~この後、K野という高校時代の悪友と会うきっかけがあり、その彼からの、

「何か商売をしたいのなら、自分にある程度ノウハウがある業界でやった方がいいんじゃないか?」

というアドバイスや、たまたま改築工事中のショッピングモールを見つけて打ってつけの空きテナントがあったこと、たまたま私の考えと合致するFCと縁があったことなど偶然が重なり、今の事業を起こすこととなった。残念ながら、そのFCにはいいようにあしらわれてしまって随分と食い物にされてしまったのだが、FC契約を解除して今は完全に独立した事業を営んでおり、今日に至っている。まぁ、一通りのノウハウは得られて一応この業界では上手くいっている方だと思っているので、悔しいというのが本音だが、必要な投資だったと割り切るようにしている。


~今はそこそこのお金を貯められたので、もし独身であったなら、もう事業は辞めて無職で気ままな人生を送ってもいいかな…と思うかもしれないが、家族がいるとそういう訳にはいかない。また、事業収入があるからこそ、精神的な安定を得られているというメリットも大きく、リスクがある投資・投機の世界で結果を残せているのは本業のお陰、という面もある。このことは、昔パチンコ1本で生計を立てていた時代があるからこそ、身に染みてよく分かっている。

専業なら時間がある分だけ有利にトレードができるだろうから早く専業になりたい、と思われている方もおられるかもしれないが、それは単なる妄想に過ぎない。「収入の柱」がない状況下ですぐに仕事を辞めるべきではない。結果を残す人はどのような環境におかれても言い訳をせずベストを尽くし、兼業であっても自分なりのやり方で結果を残していくものだ。

兼業の私が言うのはおかしいかもしれないが、どうしても専業になりたいなら、最低2年ぐらいは収入がなくてもやっていけるだけの種銭を貯金するか、「収入の柱」を作ってからにした方がいいと思う。収入の柱は安定した収入であれば何でもいい、不動産収入でもいいし、株の配当でもいい。せどりが得意ならせどりでもいいだろうし、アフリでもいいだろうし、昨今ならユーチューブでもいいだろう。

副業をやるのなら専業じゃないじゃん!というツッコミもあるだろうが、私が知り得る限り、長続きしている方々は大体この条件を満たしているように思える。

よくある専業に対する希望的観測として、

「毎月安定して30万~50万ぐらい勝てるようになったら、トレードだけで食べていきたい!」

というのがあるが、投資・投機で毎月安定していくら稼ぐとか、サラリーマンのように安定的に収入が入ってくるようにできるとでも思っていたらそれは大間違い。投資・投機の世界では「環境こそがすべて」といってもいいぐらいで、環境は日々刻々と変わる不安定極まりないもの。環境が良いうちにとことん稼ぎ、環境が悪くなったら無理をしないで凌いでいけるだけの十分な「種銭」(貯蓄)が必要である。この世界で生き残っている方々は、収入の不安定さを十分な蓄えあるいは収入の柱、そして支出のコントロールで凌いでいる。

だから、ろくに蓄えもないのにトレードで毎月50万稼いでその中から家賃がいくら、光熱費がいくら、食費がいくら、遊興費がいくら…などといった遣り繰りができると思っているのであれば、十中八九3年以内に地獄を見ることになる。そういった類の希望的観測は捨てなければならない。勝てるようになったかな…と自覚を持たれたとしても、今の安定した収入のある生活・金銭感覚から、投資家・投機家の生活・金銭感覚に切り替えなかえればならない。ここも一般的なサラリーマンを送ってこられた方々にとってはそこそこ高いハードルになるのではなかろうか。

ちなみに、私の場合は20代の頃から食費などの生活費、大学の授業料、学費、マンションを購入するまでは家賃も含めてパチンコライターを引退するまで、すべてパチンコで賄ってきた。実は親が作っていた借金もパチンコで得た収入で返済している。長年そういう生活をしてきたので、それが癖というか当たり前のこととなり、教員時代の給料はすべて貯金に回して、教員時代も土日はパチンコで生活費を稼ぐようにしていた。まぁ、給料で生活してパチンコで得た資金はすべて貯金でも、解釈はどちらでもいいのだが…。(公務員は副業は禁止。でも、パチンコはOKとされている。)

事業に出資する直前の貯蓄は約2200万円ぐらいだったと記憶している。そのうち約1200万円を事業の開業費として投資し、約300万円は株主優待目的で株を買い、約300万円がFXの資金、約400万円弱を緊急時の支出や約2年間赤字が続いた時に備える資金として勝負に打って出た。借金はしていない。

維持費のあまりかからないマンションを購入し、食費は株主優待で少しは補えるよう支出を抑える工夫はしているつもりだったので、当然自分の中では勝算があったから事を起こしたのだが、やはり最初の1カ月、2カ月は得も言われぬ不安感に苛まれ、不安に圧し潰されて自宅で号泣した日もあった。就職氷河期の就職できない辛さとはまた違った辛さで、自分がこれまで爪に火を点すような思いで貯めてきたお金が水泡に帰すのではないか、という不安との戦いの日々だった。幸い、事業の方は3カ月目から黒字となり、6カ月目ぐらいからは公務員時代の月給を超えることとなり、ホッと胸を撫で下ろしたのはこの頃だったか。


~今だから言えるのかもしれないが、人生一度しかないのだから、自分の思うがまま、考えるがままに生きるのがいいと思う。ただ、どれだけ準備に準備を重ね、ありとあらゆる事を想定していたとしても、世の中いつどこで何か起こるかなんて分かったものではないので、どんなに優れた人でも必ず成功するとは限らないと思う。失敗しないに越したことはないが、ベストを尽くして失敗した場合は、これはもう仕方がないことなのではなかろうか。成功する人というのは、仮にそういう失敗があったとしても、その失敗をバネにまた新たな成功を掴むのではなかろうか。

トレードもまた然り。世の中に絶対はないので、己が信じる道を突き進むのがいいと思う。


~最後までご高覧いただき、誠にありがとうございました。

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しん



初めまして。「しん」と申します。
兼業トレーダーです。
パチンコライター⇒独立開業、現在に至ります。

※タイトル下にあります書き出し文について

田山ファンの方々におかれましては、ご気分を害された方がおられるのではないかと思います。誠に申し訳ございません。

故田山幸憲プロは、私のパチンコスタイル、さらにはFXでのトレードスタイルにおいて多大なる影響を受けた方の1人で、今でも心の師匠として生き続けており、憧れの存在でもあります。田山プロの境地に立てるよう、日々精進を続けていますので、何卒ご容赦くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

※FXのスキャルピングでは、JFXの小林社長を私淑しております。執行時間軸は1分足、利確の目安は1.5~2.5pips、損切の目安は1~5pips。(ドル円の場合。)

一言で言うと、「大口のエントリー方向に後出しジャンケンの要領で入り、コバンザメのように張り付き、大口が利確する前におこぼれを頂戴する」イメージのトレードスタイルです。

◎卒業論文
・ピアノ演奏
 ショパンポロネーズ作品No.40-1

〇資格
・小学校第一種免許
・学校図書館司書教諭
・日商簿記2級
・税理士科目(簿記論、財務諸表論)
・普通自動車運転免許


〇趣味
将棋(アマ四段)
ソフトテニス
ブログ巡り
株主優待の有効活用法を考える、など

日々のつぶやき(ツイッター)

管理人「しん」のオススメFX業者

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